性同一性障害、生保加入の壁 ホルモン投与・適合手術理由に

朝日新聞 2014年5月19日16時30分
 性同一性障害=キーワード=の患者が、生命保険の壁に直面している。ホルモ
ン投与などの治療を理由に、加入を断る生保会社が少なくないからだ。「心身と
も健康で、軽やかになったのに、なぜ」。不信感が募る。
 静岡市在住のヒロキさん(29)=仮名=は昨秋、プルデンシャル生命保険
(東京都)に死亡保険への加入を断られた。「治療中」なのが理由だった。性同
一性障害のため、昨年1月から、男性ホルモンの投与を受けていると申告してい
た。同社の広報担当者は「個別の事案には答えられない」と話す。
 ヒロキさんは女性として生まれたが、小学生の頃から違和感が芽生え、悩みな
がらも女としてふるまってきた。本来は男だとは認めたくなく、男性と結婚。妊
娠中に我慢できなくなり、出産後に本心を明かした。ホルモン投与でストレスも
軽くなり、不眠も解消した。しかし夫とは音信不通になった。「万一、自分に何
かあっても、2歳になる娘を経済的に困らせたくない」
 東京都新宿区に住む会社員ヨウコさん(53)=同=は2年前、戸籍上の性別
を男性から女性に変更。20年以上契約を結んでいた生保の解約を迫られた。性
同一性障害特例法は、性別の変更は権利義務に影響しないと定めているのに、契
約時の性別は変更できないと認めてもらえなかった。一方で、性別を女性にすぐ
に変えてくれた生保会社もあった。
 「日本性同一性障害と共に生きる人々の会」の山本蘭(らん)代表=東京都品
川区=は「治療を始めると、保険に入れなくなるのは当事者間の常識」と話す。
 公益財団法人生命保険文化センター(東京)によると、生命保険加入の前提は
基本的に健康であること。ただ、現在は生保会社が過去のデータをもとに病気ご
とのリスクを把握しており、審査基準も変化している。一方で、医師が完治した
と証明できない場合や、治療法が未確立のケースは加入が難しくなるという。
 2012年度の総資産額が多い大手生保会社10社に取材すると、どの社も
「性同一性障害を理由に加入を断ることはない」と答えた。ただ、複数社の担当
者は「性同一性障害は糖尿病などと同じ疾患の一つと考えている。ホルモン投与
には血栓症や骨粗鬆症(こつそしょうしょう)のリスクがあり、審査に落ちやす
いことはある」と認める。
 研究者らによると、ホルモン投与を始めると、一般的にホルモン分泌量が減少
する40代後半~50代後半の更年期ごろまで続けることが多い。戸籍の性別が
変更された後も通院、投与は続く。ある生保の担当者は「ホルモン投与を始めた
人は、保険金の給付対象となる性別適合手術を受ける可能性も高く、これも審査
のネックになる」と明かす。
 ■拒否明示の会社も
 既存の契約者が性別変更した場合は、そのまま契約上の性別を変更するとした
回答が多いが、「契約の可否を改めて検討する」としたケースもみられた。
 はっきり、加入を拒否している会社もある。AIG富士生命保険(東京都)は
同社のホームページに「性同一性障害がある場合、新規加入は受け付けない」と
明記していた。担当者は「保険料は性別と年齢を元に決められるが、性別を変え
た場合の査定基準がなく、対応できない」と説明。朝日新聞の取材後にこの表示
は削除したが、「今後も対応は変わらない」としている。
 山本代表は「性同一性障害の治療リスクなど、実態を測るデータは十分にある。
審査基準の見直しを検討してほしい」と訴える。
 ■健康保険の適用を
 GID(性同一性障害)学会理事長の中塚幹也・岡山大大学院教授の話 ホル
モン投与には確かにリスクもあるが、専門の医療機関の管理のもと、体調に合わ
せて適切に投与されていれば、血栓症などを発症する危険性は低い。性同一性障
害特例法の施行後、専門家の指導により、健康上のリスクを持つ例も少なくなっ
ている。むしろ、制度上の問題から、ホルモン投与や性別適合手術といった性同
一性障害の治療に健康保険が適用されないことがあり、今も適切な治療を受けら
れない人がいる点こそ解決されなければならない。

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